「ボッチプレイヤーの冒険 〜最強みたいだけど、意味無いよなぁ〜」
第115話

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最終章 強さなんて意味ないよ編
<頭のいい馬鹿>



 ライスターさんが帰った後、私はイーノックカウの大使館にいる時にいつも使っている自分の執務室戻った。
 するとそこにはギャリソンが待っていて、

「アルフィン様、イーノックカウを統治している貴族、エーヴァウト・ラウ・ステフ・フランセン伯爵の資料でございます」

 そう言って羊皮紙数枚に纏めた資料を手渡してくれた。

 なんと言うか、もう調べてはいるだろうとは思っていたけど、まさか執務室に帰ってすぐにその資料を渡されるとは思わなかったわ。
 さすがギャリソン、何故こんな優秀なNPCを私が生み出せたのか不思議に思うくらいよね。
 我が都市国家イングウェンザーは内政を管理するメルヴァと情報や人事を管理するギャリソンの二人で回っています。
 アルフィン女王? ハハハッ、そんなの飾りですよ、てなもんだ。

 まぁ一応最終的な確認と承認だけは私に求めてくるから、飾りとは言え私の書類仕事はたくさんあるんだけどね。

 さて、自虐的なことを考えるのはこれくらいにして私は資料に目を通した。

 エーヴァウト・ラウ・ステフ・フランセン伯爵

 バハルス帝国の衛星都市、イーノックカウを治める貴族で、爵位は伯爵。
 ただ伯爵ではあるんだけど地方都市を治めている事から解るとおり、同格の伯爵たちの中ではあまり上位の存在ではないみたい。

 私の認識だと伯爵と言えば結構な大貴族だと思うんだけど、同じ伯爵でも力がある家は役職があるから帝都やその周辺に住んでいるらしくて、中間くらいの立場の家も隣の大国であるリ・エスティーゼ王国やスレイン法国側の、バハルス帝国にとって重要な領地を治めているらしい。

 それに比べて情勢的にそれ程重要ではないイーノックカウや都市国家連合側の領地を治めている伯爵位の貴族は、爵位こそ高いけどそれ程大きな発言権はもっていないみたいね。

 外見だけど、写し絵を見る限りバハルス帝国に多い金髪で短く刈り上げられた襟足ときちっと整えられた頭髪、どちらかと言うと温和なイメージが連想される人の良さそうな人だね。
 性格は戦いとは無縁の都市を治めているからなのか武術よりも文化を尊ぶ性格で、芸術や文学に精通しているそうな。

 あとは美食家で帝都や他の都市で評判になっている店があるとイーノックカウに出店してもらえるよう使者を出したりもしているらしくて、そのおかげで美味しい店が集まっているからそれを求めて訪れる人も多く、数ある衛星都市の中で愛妾たちの疎開場所に選ばれたと言う経緯があるらしい。

 美食の都市と言う評判は多くの観光客を呼び、税収も都市の規模からすると多いから同じ伯爵位の中でもフランセン伯爵は結構裕福な部類に入っているみたい。
 ただ、なんとなく私のイメージではお金持ちの貴族=力のある貴族って思ってたんだけど、この国は今の皇帝であるエル=ニクス陛下が厳格な方だからお金よりも実力で立場が決まってるみたいね。

 この後は大体の資産と彼の子飼いの騎士や兵の数、住んでいる場所周辺の防備や、もし攻める場合はどのようにしたらいいかと言う作戦案などなど、正直どうでもいい事がかなり細かく書かれていた。

 ・・・ギャリソンは私に何をさせたいのだろうか? それ以前にもし戦争するにしてもこの都市くらいならシャイナとまるんの二人に回復役のアルフィンが居れば3人でも力押しで攻略できるのだから、そもそも作戦自体いらないと思うんだけど。

 いや、一所懸命調べてくれたのだから余計なことは考えないようにしよう。

「ありがとう、参考になったわ」

「お褒めに預かり、光栄でございます」

 とりあえず大人の対応でギャリソンにはそう言って笑顔を向けておいた。


 さて、領主の事は解ったから次はパーティーの準備だ。
 とは言ってもまだ料理とかを決める事はできないのよね。

 と言うのも今回の壮行会は私たちが主催ではなくバハルス帝国とフランセン伯爵が主催と言う事になっているので予算がどれくらい出るか解からないというのと、そもそもそれ以前にロクシーさんの執事とギャリソンの打ち合わせがまだだからだ。

 正直、兵隊さんへ提供される食事に関しては私たちは関与するつもりはないのよね。
 そこまで全て此方が用意したら、それこそ主催が私たちみたいになるし、そうなるとバハルス帝国軍の壮行会を都市国家イングウェンザーがやると言うとても変な事になってしまうからだ。
 あくまで私たちは会場を貨して、友好国の為に一部寄付をすると言う体裁を取らないといけないのよ。

 では何の準備があるのかといえば、それは会場をどこに、そしてどのようにセッティングするのかと言う事なの。
 この話が出た時私は単純にすべての出席者が同じ広間に集まる貴族のパーティーのようなものを想像していたんだけど、どうやらそれは問題があるらしい。

 と言うのも、参加する兵士の殆どは平民で、いくら壮行会とは言え参加する貴族の殆どが平民と一緒に食事をするのを嫌がるからなんだってさ。
 何とも心の狭い話だとは思うんだけど、貴族と言うのは一種見栄で生きているようなものだからそこは譲れないのでしょうとギャリソンに言われてしまっては私も引き下がるしかなかった。

 そしてもう一つ、一般兵士と軍高官や一部の騎士も一応別けないといけないらしい。
 此方は身分がどうのこうのと言うよりも、単純に上司が居る所では部下が心の底から楽しめないからと言う理由で別けた方がいいそうな。

 言われてみれば同じ部隊の直属の上司ならともかく、軍上層部の人たちが居る所で酔って何か問題を起せば大事になるからとお酒を控えようと考える人もでてくるだろうし、そうなれば本来の主役であるはずの送り出される側の兵士さんたちが残る人たちに気を使ってまったく楽しめないなんて笑えない状況になってしまう。
 そうならない為にも、食事をする場所はきちっと別けた方がいいと言う事になった。

 と言う訳で、今回の会場準備は4箇所で行われる事になる。
 まずは一番大きな場所を必要とする参加者全員が入ってフランセン伯爵やロクシーさん、そして私のようなゲストからの激励のスピーチを聞くメインの第1会場ね。

 そして後3つはそれが終わった後にそれぞれが食事をする会場で、貴族と商業ギルドや冒険者ギルドの上層部、それに大商会の頭取などイーノックカウの名士が集まる第2会場、軍上層部や騎士が集まる第3会場、そして一般兵士が集まる第4会場なんだけど、この配置が意外と大変だったりする。
 と言うのもこの3つは行き来する人が意外と多いからなの。

 第2会場にいる貴族や来賓が他の会場に移動する事は殆どないけど、中間管理職が多い第3会場からは第2会場にも第4会場にも移動する人が居るし、第4会場からは各部隊の隊長や、今回出兵する部隊の隊長や副隊長が第2会場や第3会場に移動することがあるそうな。

 中でも軍上層部が入る第3会場は出入りが一番多いらしいから、位置的には会食が行われる3会場の真ん中に位置しなければいけないんだけど、実は人数が一番少ないから適当な場所がないのよね。

 それに一般兵が入る第4会場も色々と考えなければいけない。
 何せ第1会場から退出するのは、まずは当然私たち来賓や貴族が一番最初、続いて軍上層部で最後が一般兵と言う事になるんだけど、一般兵の人たちが会場を出るころには第2会場での会食はすでに始まっているから、そんな会場の横をぞろぞろと歩かせる訳にはいかないのよ。
 かと言って第2会場とは反対側に第4会場を持って行くと、今度は一番出入りが多い第3会場をどこにするかと言う問題がでてくるのよね。

 いくらこの大使館が大きいとは言え、大人数が入れる部屋は数が限られているから第1会場と第4会場はパーティールームか大会議場と言う事になるんだけど、パーティールームの近くは小さな控え室が多いからあちらを第4会場にすると第2会場や第3会場から離れてしまう。
 と言う訳で第4会場は大会議室にするしかないんだけど、パーティールームからみて第2会場と第4会場を逆側にしてしまうと各控え室が邪魔をしてかなり離れてしまって、そのどちらに第3会場を作っても行き来が不便になってしまうというわけなの。

「悩むわねぇ。部屋数も多し、この館を選んだ時はまさかこんな事で困る日が来る事になるとは思わなかったわ」

「この壮行会の主役は出兵する兵士ですから、貴族の方々には多少我慢していただいて部屋の前を通行させるのが一番かと思いますが」

 ギャリソンはこう言うけど、私の貧相な頭では貴族がへそを曲げる姿しか思い浮かばないのよねぇ。

「う〜ん、いっその事、迂回する通路を作ってしまおうかなぁ。幸いパーティールームは窓から望めるよう庭に面しているし、バルコニーの柵を撤去すればそこから外に出られるでしょ?」

「しかしアルフィン様、そうなると我がイングウェンザー大使館の庭をぞろぞろと兵士たちが移動することになります。確かに遠回りをすれば第2会場へ音が届くことはなくなるでしょう。しかし館の外から見れば大量の兵士が庭に展開しているかのように思えるのではないでしょうか」

 ああそうか、確かにそんな大人数の兵士が館の庭を移動しているのを見れば誰でも事件かと思うよね。
 う〜ん、これもダメとなると・・・やっぱり貴族の人たちに我慢してもらうしかないか。

「そうね。やっぱり来賓の方々には我慢して頂く事にしましょう。今回は兵士たちこそが主役なのですから」

 そう結論付けしようとした時だった。

 ガチャ。

「まったく、何二人して馬鹿なことを話し合ってるよ。そんなの単純な事じゃない」

 今までのやり取りを外でずっと聞いていたのだろうか? そう言いながらシャイナが私の執務室にに入ってきた。
 そしてさらに、こう言い放つ。

「第1会場を兵士たちが会食する場所にしてしまえばいいだけの話なのに、一体何をそんなに難しく考えてるのかしら。まったく、これだから頭のいい人たちは」

「えっ? でも第1会場は最初に全員が集まるからテーブルや椅子はセッティングできないわよ。そこで会食なんてできるはずないじゃないの」

 そんな私に、シャイナは何を言ってるんだこいつは? とでも言いたげな顔をして更に追い討ちをかけてきた。

「だからさぁ、貴族の会食じゃなく兵士の食事会と考えなさいよ。立食なら来賓が他の会場に移動してからテーブルを幾つか持ち込むだけでできるでしょ。と言うより私から言わせれば兵士たちにコース料理を食べさせようと考える方がおかしいのよね。みんな気楽に楽しみたいだろうから、堅苦しいコース料理より自分の好きな料理やお酒を楽しめるバイキング形式の方がいいなんて誰でも思いつく事でしょうに」

 そこまでシャイナに言われてしまっても、私はぐうの音も出なかった。

 確かにその通りだ。
 私はこの世界に来て普段の食事の時も、ボウドアの子供たちとの食事会の時も全てテーブルを並べた会食形式だったからそれが当たり前だと無意識に考えてしまっていたのよね。
 でも言われて見れば先日行われたパーティーでも食事は立食だったのだから、それを候補に入れていなかった私のほうが少し抜けていたんだ。

「ありがとう、シャイナ。あなたの言うとおり立食形式すればいいと言うのなら大会議場を第1会場にする事で全て解決するわ」

「でしょ。アルフィンもギャリソンも頭がよすぎるから難しく考えすぎなのよね。単純に考えれば物事はもっとスムーズに行くって事もあるんだから」

 常識にこだわって柔軟な発想ができない、所謂頭のいい馬鹿ってやつか。
 ホントホント、今回はシャイナの言うとおりよね。
 難しく考えればいいって訳じゃない事を、今回は思い知らされたわ。

「本当にそうね。ところでシャイナ」

「ん、何?」

「あなた、この部屋に入る時のノックはどうしたのかしら?」

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

 流れる沈黙。
 褐色の頬を流れる汗。
 ただ静かに微笑む私。

 この後、シャイナは私から小1時間ほど説教を受ける事になるのだった。



 会場さえ決まってしまえば此方の準備で躓く事は何もない。
 ギャリソンとロクシーさんのところの執事さんとの話し合いも進み、第2会場以外の食事は伯爵が手配した料理人が大使館に食材を持ち込んで、冷たくなってもいい物を中心に昼間の内に作り置きをする。
 そして、どうしても作り置きができない物と第2会場の料理だけを壮行会が始まってから調理する事となった。
 あとその際にロクシーさんとフランセン伯爵の強い要望により、一部の料理とデザートをうちの料理人が担当する事になった。

 特にロクシーさんからは、あるリクエストが。
 それは何とわざわざ封蝋までされたリボン付きの手紙で私宛に届けられたもので、中を読んでみると、

「先日出していただいたエヴィフライと言うものは大層美味でした。ぜひとも、もう一度あれをお願いします。またその際、同じ系統の食材でカニと言うものがあると仰られていましたよね。ご用意できるのでしたら、それもお願いできますでしょうか? もし費用がかかりすぎると言うのでしたら、此方でお支払いいたしますので私の分だけでも。あと、デザートも・・・」

 とまぁ、貴族の手紙の作法に則った書き方だからこのままではないけれど、用はこの様な内容の文章がなんと羊皮紙2枚分の長文で届けられたのよ。
 ロクシーさん、かなり頭の切れる人なんだけど美食に関してはちょっと欲望が抑えられないのかも。
 まぁ喜んでもらえたら私も嬉しいし、リクエストがあるなら受けましょうとギャリソンを送り込んだのだからちゃんと用意しますよ。

 そうだなぁ、いっその事、ドラゴンのステーキでも出してみようかしら。

「アルフィン様、流石にドラゴンの肉をお出しするのは控えた方が宜しいかと。バハルス帝国の戦力では下級のドラゴンですら討伐するのは困難でしょう。しかしイングウェンザー城に居る食用ドラゴンは赤身肉のフレイムドラゴンや霜降り肉のフロストドラゴンなどの属性付きのドラゴンだけでございますから、もしそれが知られてしまいますと、いろいろと不都合が生じるのではないかと愚考いたす次第です」

「えっ? ああ、そう、そうよね。あははっ冗談よ冗談。流石にドラゴンのステーキを出すなんて事はしないから安心して」

 危ない危ない、また心の声が口から出てたみたいね。
 この癖、直さないと・・・って、絶対今のは口に出してないよね。
 と言う事は心を読まれた?

 私は驚愕の表情でギャリソンの顔を凝視する。
 でも当のギャリソンは涼しい顔で、何かございましたか? なんて顔をしているんだ。

 むう、ギャリソン、恐ろしい子。

 そんなことを考えながらアルフィンは白目を作り、なぜか知っていた遥か昔に流行った漫画のキャラの物まねをするのだった。


あとがきのような、言い訳のようなもの



 フランセン伯爵はそれ程重要なキャラではありません。
 事細かく設定を書き連ねていますが、ボッチプレイヤーの冒険に限って言えば、あまり出番がないキャラなので設定を覚えてもらわなくてもそれほど支障はないキャラだったりします。

 因みに作中で伯爵の事をアルフィンは大貴族と考えているとありますが、一般的に爵位は騎士爵、準男爵、男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵の7つです。
 しかし公爵は王族に血が連なるものしか受ける事ができない爵位ですから、伯爵は実質上から二番目の爵位なんですよ。
 間違いなく大貴族ですよね。

 さて、世の中難しく考えるほど碌な事にならない気がします。
 今回の話もそんな、どこにでも転がっているエピソードの一つだったと言う訳ですね。

 ただ、こうなったのはアルフィンがギャリソンやメルヴァは完璧で、彼らが指摘しないのなら考えの方向性は間違っていないのだろうと考えてしまっているのが間違いの始まりなんですよね。

 今回の裏テーマはNPCは一見完璧に見えてもその性能通りの考えしかできないというものでした。
 案外臨機応変と言うのは難しいものなんですよね。


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